Satie je te veux

(20170810_Satie_je_te_veux)

エリック・サティ

A

1.映画※

−《休演》のオーケストラ間奏曲 (ダリウス・ミヨー編)

2.ジムノペディ I・II・III

3.ジュ・トゥ・ヴ

B

1.ひからびた胎児

I.ナマコの胎児 II.無柄眼類の胎児 III.柄眼類の胎児

2.官僚的なソナチネ

3.なしの形をした三つの小品

I.はじめかた II.そのつづき III.第1曲(ゆっくり) IV.第2曲(軽快に) V.第3曲(動物的に) VI.おまけ VII.もう一度

4.ラグ・タイム・バラード (ハンス・ウルディヌ編)

高橋悠治 (ピアノ)

アラン・ブラネス (ピアノ)※

Recordings: 28/29 January 1976−12/13 March 1979−13/14 November 1979

Location: NipponColumbia Studio, Tokyo-Arakawa Public Hall, Tokyo

日本コロムビア株式会社

MADE IN JAPAN

DENON YZ-183-ND

LP

Clement II

録音は、籠もる傾向の音ではないが実はナローレンジな音で、古さを感じないですむというわけにはいかない。しかしレコードにするときにムリにいじっていないということかもしれない。少し荒れ気味の音ではあるのだが、不自然な演出をするよりこのままで良かったと思う。

ジムノペディの演奏はテンポが意外に速く、たゆたう謎みたいなものを聴き手の方で勝手に想定するのを拒否している。高橋悠治さんはこういうことには厳しいのか、わかりやすくても安直な語法を提示するようなことはしないらしい。

《休演》の間奏曲を聴いていると、サティという人は、謎のあるユーモアを物静かにたしなんでいたような人ではなく、同じ事を繰り返し喚くようにしゃべり続けることができた人だったのではないかと思った。躁妄の気を感じる。

『ひからびた胎児』にしても『なしの形をした三つの小品 』にしても、露骨で品のない冗談に満ちている。何もわざわざそんな見え透いたことを何遍も言わなくてもと感じるところもある。自作に風格のようなものが備わることに対して極端に臆病である。「下らねえよ」と無理解に基づく中傷を吐き捨てて論評の場から去っていくような人に似ている。

サティの曲を取り上げたり賞賛したりすること自体が、既存の音楽的価値観を否定するといった作者の態度を追認することに、通じると思う。しかも作者自身は (少なくとも表向きは) 作品が語り継がれるなんて真っ平だと思っているだろう。

ジュ・トゥ・ヴは題の通りでいかがわしくて、しつこい伴奏の音形が無味乾燥なのに欲に浸かりきっているようにも見えて、とてもイイ。

偏執と抑圧と拒絶と怒り。それに軽蔑。それらを更に拒絶する多重の否定。そういうものが幾重にも畳み込まれているような気がする。

★★★★☆

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